先月、お会いしたばかりだった平泉・毛越寺の志羅山慈順さんが
亡くなられた。
南洞頼賢さんが亡くなられた時、南洞頼教貫主さんと共に、あれ
これと話をしたばかりであった。
http://hokujinreika.blog40.fc2.com/blog-entry-102.html
志羅山(シラヤマ)さんと初めてお会いしたのは確か、僕が小学
生の頃。
以前は教員として小学校に勤められ、退職後に毛越寺さんに勤め
られていた頃だった。
丸くころっとした顔、眼鏡の奥から慈愛に満ちた眼差しで、笑顔
で話かけて戴いた事が忘れられない。
縁あって、志羅山さんのご自宅に伺った時、杖をついて歩いてい
た志羅山慈順さんが、
「ほれっ、ほれっ」
と言いながら、杖で猫とじゃれあっていた後ろ姿。
今はもう、その姿を観る事が出来ないと思うと、残念でならない。
志羅山さんは白王院(ハクオウイン)とご住職でもあり、平泉と
白山で特に密接な関係にあった末裔ではないであろうか。
沢山お聞きしたい事があり、いつも話が尽きなかったが、本当に
残念としか言いようがない。
尚、志羅山さんと書いて、シラヤマさんと読むのは、白山に恐れ
おおく、当て字のような形になったという話を聞いた。
平泉町内にも、志羅山(シラヤマ)という地名や、志羅山インテ
リアなど、関係する一族がいらっしゃる。
喪主、毛越寺・総務部長の志羅山浩順さんが、
「父親が亡くなっても、白王院、毛越寺はなくならない」
という一言が、五年前に自分が感じたものと重なり、何だか胸が
あつくなった。
葬儀当日、平泉へ向かうと、雲の間から光の道筋がこぼれていた。
丁度、毛越寺さんを照らすような、そんな光であった。
最後に志羅山慈順さんからの贈り物のように思えた。
どうか安らかにおねむりください。
心よりご冥福をお祈りします。
亡くなられた。
南洞頼賢さんが亡くなられた時、南洞頼教貫主さんと共に、あれ
これと話をしたばかりであった。
http://hokujinreika.blog40.fc2.com/blog-entry-102.html
志羅山(シラヤマ)さんと初めてお会いしたのは確か、僕が小学
生の頃。
以前は教員として小学校に勤められ、退職後に毛越寺さんに勤め
られていた頃だった。
丸くころっとした顔、眼鏡の奥から慈愛に満ちた眼差しで、笑顔
で話かけて戴いた事が忘れられない。
縁あって、志羅山さんのご自宅に伺った時、杖をついて歩いてい
た志羅山慈順さんが、
「ほれっ、ほれっ」
と言いながら、杖で猫とじゃれあっていた後ろ姿。
今はもう、その姿を観る事が出来ないと思うと、残念でならない。
志羅山さんは白王院(ハクオウイン)とご住職でもあり、平泉と
白山で特に密接な関係にあった末裔ではないであろうか。
沢山お聞きしたい事があり、いつも話が尽きなかったが、本当に
残念としか言いようがない。
尚、志羅山さんと書いて、シラヤマさんと読むのは、白山に恐れ
おおく、当て字のような形になったという話を聞いた。
平泉町内にも、志羅山(シラヤマ)という地名や、志羅山インテ
リアなど、関係する一族がいらっしゃる。
喪主、毛越寺・総務部長の志羅山浩順さんが、
「父親が亡くなっても、白王院、毛越寺はなくならない」
という一言が、五年前に自分が感じたものと重なり、何だか胸が
あつくなった。
葬儀当日、平泉へ向かうと、雲の間から光の道筋がこぼれていた。
丁度、毛越寺さんを照らすような、そんな光であった。
最後に志羅山慈順さんからの贈り物のように思えた。
どうか安らかにおねむりください。
心よりご冥福をお祈りします。


