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東京での所用を終えて北陸へ。

せっかく北陸まで来た事もあり、

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福井県勝山市平泉寺町へ。

平泉寺白山神社をお参り。

そして石川県白山市へ。

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白山比め神社へお参り。

北陸で打合せを済ませ、明日へと続きます。
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2012.06.23 Sat l 白山 l top ▲
岐阜県郡上市白鳥町、長滝白山神社へ。

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参道を進みます。

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不思議な事に正面に長滝白山神社の左側。

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長滝寺があります。

同じ参道、同じ境内にこうして神社とお寺が存在するのは、明治以前は当たり前だった
ようです。

今日にこうした状況が存在するのは、大変珍しい景色です。

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宮司さんに事前に伺う旨をお伝えしたところ、正式参拝をさせて戴きました。


長滝白山神社さんには、

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平泉・中尊寺さんから寄贈された平安時代の古代ハスがあります。

金色堂の四代・泰衡の側にハスの花の種があり、現代に甦ったハスの花です。

丁度咲きそうなところ、

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1つだけ、花開いていました。

これからが見頃の時期かと思います。

是非、お近くの方、岐阜県郡上市に伺う予定の方、一度ご覧戴ければと思います。


三馬場巡りを無事終え、伊勢へと向かいます。
2011.07.16 Sat l 白山 l top ▲
岐阜県郡上市白鳥町石徹白。

白山中居神社の直ぐ近くに大師堂(タイシドウ)があります。

泰澄大師(タイチョウダイシ)から「大師」という字をとって大師堂と名付けられた
場所です。

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藤原三代秀衡が虚空蔵菩薩を寄進した時から代々、上村十二人衆の末裔、上村さんが
見守ってきた場所でもあります。

明治の廃仏毀釈の際、白山中居神社から虚空蔵菩薩を貰い受け、お堂を建てて守られ
てきたのが大師堂です。

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石橋の下には、

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何があっても動かないご来光岩。

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昨年、看板が新しくなったそうです。

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お堂への階段を登っていきます。

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旧お堂。

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以前はこの場所に仮のお堂を建てて虚空蔵菩薩が安置されていたそうです。

ところが大雪でお堂がつぶれ、明治二十年頃に建て直したお堂が残っています。

今現在、虚空蔵菩薩は昭和四十年代に新しく建立された丈夫なお堂に安置されて
います。

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今年もまた、虚空蔵菩薩を拝観する事が出来ました。

私が小学校、中学校、高校と訪れ近年は一年おきに拝観しています。

毎回、観る度に引きつけられる魅力のような感覚が増しています。

私自身、三十代になってから虚空蔵菩薩さんの顔が毎年不思議と違ってみえます。


上村修一さんに色々と話を伺いました。

「上村(うえむら)」という発音は後から変えられたらしく、元々は「カミムラ」
だったという話を聞きました。

神々が住む村=カミムラ=上村(ウエムラ)

という事を御爺様や他の方々より聞いたそうです。

白山は泰澄大師が開山する迄は人々が入る事なく、神々が住む世界として讃えら
れていた事を考えると、この場所はそうしたイメージとも重なります。

僅か1000人程の人口の石徹白(イトシロ)で、代々皆さんが守られてきた事
は本当に凄い事と思います。


虚空蔵菩薩さんのお堂の隣には、

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桜の木が東北・平泉より植樹されていました。

厳しい環境の中、少しづつ成長しています。


この場所で先代が奉納演奏した事があります。

私もいつの日にか、この場所で奉納演奏,,という夢をそう遠くない未来に実現
したいと思います。
2011.07.16 Sat l 白山 l top ▲
岐阜県郡上市白鳥町石徹白へ。

三馬場とは別に平泉とゆかりのある場所、白山中居(ちゅうきょ)神社へ。

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この神社には、明治の廃仏毀釈前まで虚空蔵菩薩が安置されていました。

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石徹白で奇麗に咲いていた青い花。

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参道を進みます。

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境内へと進みます。

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本当に天候に恵まれました。

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手水舎。

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大宮殿。

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この場所に、百数十年前まで虚空蔵菩薩があったそうです。

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御本殿へ。

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参拝後、かつて白山中居神社にあった虚空蔵菩薩を訪ねました。

2011.07.16 Sat l 白山 l top ▲
石川県白山市より福井県勝山市へ移動。

平泉寺白山神社を訪れました。

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平泉が世界遺産登録となり、改めて平泉寺白山神社の平泉へ。

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水道がない時代、手水舍は自然な形式でした。

伊勢神宮の内宮で五十鈴川の水で清めてから参拝していた形式と同じ事と思います。

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この御手洗池は白山を開山した泰澄大師(タイチョウダイシ)が養老元年(717年)、
白山登拝の途中にこの林泉を発見。

泰澄大師の祈念に応じて泉の中の影向岩に白山の大神が出現。

「神明遊止の地なり」というお告げがあった為、この場所に社を建て、白山の神を
奉斎したと伝えられているそうです。

平泉寺白山神社発祥の地で、「平泉寺(へいせんじ)」や「平清水(ひらしみず)」
*平清水=平安時代、平泉寺白山神社の呼称の1つ
名前の由来となったそうです。

未だに神泉は絶える事なく湧き出ています。


この場所の地名は現在、平泉寺。

宮司さんは代々「平泉(ヒライズミ)」さん。

遠く離れた東北・平泉の名前の由来は、平泉寺白山神社から..という説があります。


他にも要素があるのですが、きっとこの場所から平泉(ヒライズミ)という名前の由来
になってるのでは?

何故か私はこの説が本当の事に思えて仕方がありません。


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参道を進みます。

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平泉寺白山神社の大きな魅力の1つが、深い緑の苔です。

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見事な苔で、本当に奇麗な緑の絨毯。

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宮司様の御母堂様に聞いたお話ですが、昔、下駄で旅行をしている時代には裸足で
苔の上を歩く事を許可していた時期があったそうです。

今は綱が張られていて立ち入る事は出来ませんが、立派な苔です。

二十数種類と思っていた苔の種類、実は国内のほぼ全ての苔が揃っており、相当な
種類が現存しているそうです。

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平泉世界遺産登録の感謝、東日本大震災の復興祈願を参拝させて戴きました。

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さて、この花。

ご存知の方、いらっしゃいますでしょうか。

平家物語に出てくる「沙羅双樹の花」です。

福井県内で樹齢おおよそ100年は恐らく平泉寺白山神社さんのみ残っている
のかもしれません。

1日で咲いた花は、その日のうちに地面へと落ちてしまいます。

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私は今迄知らなかったのですが、初めて沙羅の花を観る事が出来ました。

大変、貴重な体験となりました。


珍しく、

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もうトンボが飛び回っていました。


福井県勝山市から移動途中、こんな風景や、

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九頭竜湖でこんな風景と出会いました。

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ここでふと気がついたのですが、白山の麓を巡る時には不思議と雨が降った事がなく、
必ず天候に恵まれます。


貴重な話、貴重な体験となりました。
2011.07.16 Sat l 白山 l top ▲
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